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東京簡易裁判所 昭和54年(ハ)206号 判決

原告 石井久夫

被告 株式会社ファルコンプリント

主文

一  被告は原告に対し、金一三万〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、印刷等を業とする株式会社(以下被告会社という。)である。

2  原告は、被告に、昭和五三年一二月一日、版下製作業務に従事する、給料は手取一ケ月金一三万円とする約定で雇用された。

3  しかるに被告は、昭和五三年一二月一五日、原告が被告会社にそぐわないとの理由で、三〇日前にその予告しないで原告を解雇し、解雇予告手当として原告の一ケ月の平均賃金に相当する金一三万円の支払いをしない。

4  よつて原告は被告に対し、右解雇予告手当金一三万円及びこれに対する支払命令送達の翌日である昭和五四年一月二三日から完済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1、2項は認める。

被告は原告を、昭和五三年一二月一日、試用期間二ケ月、給料は日給月給(休業日を除く就業日数で算出する)とし、一ケ月の基本給(保障額)を一三万円とする約定で雇用したのである。

2  同第3項は否認する。

3  同第4項は争う。

三  被告の主張

1  積極否認

原告は被告から解雇されたのではなく、任意に退職したのである。すなわち、

(一) 原告は、昭和五三年一二月一日被告会社に就労したが、就業一〇日目位から就業時間中に無断で外出したり、仕事を命じても返答をしないという極めて好ましくない勤務状態を示すに至つたので、被告会社代表者伊東佑和(以下被告会社伊東社長という。)は、このような原告の勤務態度は他の従業員に対してよくないので、版下製作部門の責任者である戸上貞(以下戸上という。)に原告が真面目に勤務するよう説得させていた。

(二) 同月一五日朝九時ころ被告会社で、原告は戸上から勤務状態が悪いことを示唆されたことから、戸上から原告に解雇通告をしたのではないのに、「結局辞めてくれということでしよう。」といつて、自ら辞める旨申し出たものである。

(三) 被告会社伊東社長は、戸上から原告が辞めると言つている旨の報告を受け、原告の日給月給という雇用条件からいつて、原告が現実に就業した日数(二回の休養日を除く一二日分)の給料を支給すれば足りるのであるが、原告の半月分支給の申出を了承して、好意的に一ケ月分の基本給の半分である金六万五、〇〇〇円と通勤定期代金三、五〇〇円を支払うことに合意が成立し、原告は右金額の原告宛送金を依頼して、当日なんらの業務に従事することなく退社した。

そして同月末ころ、被告は原告に対し、右金額を送金した。

(四) しかるに原告は、前記(二)の数日後戸上宛に、給料を一ケ月分支給しろとか、引続き使用させて欲しいという電話をしてきたが、被告はこれをすべて拒絶した。

以上の事由により原告は被告会社を自発的に退職したものであるから、被告の原告に対する解雇予告手当支払義務はない。

2  抗弁

(一) 仮りに、原告が任意退職でなく、被告に解雇されたものであるとしても、原告は試用期間中であり、その実働日数は休業日を除けば一二日間であるから労働基準法第二一条但書にいうところの一四日を超えて引き続き使用されていたという要件に該らない。

(二) また仮りに、休業日も使用された日数に算入されるとした場合でも、原告は同月一五日は戸上と話をしただけで、全く仕事に従事することなく帰宅してしまつており、一四日を超えて引き続き使用されたものとは実質上いえない。

(三) また仮りに、右主張のいづれも理由がないとしても、労働基準法第二一条但書の「一四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合」という日数の計算について民法第一四〇条の初日不算入の原則が適用される。労働基準法がこの原則の適用を排除する特別の規定はなく、またその理由もない。

原告は、昭和五三年一二月一日に二ケ月の試用期間で雇用され、被告会社の就業時間は午前九時である。原告が就業した一二月一日は、社会通念上出勤時刻の午前九時が期間の起算点となるべきもので、すでに二四時間のうち九時間が経過しており、一日として計算すべき筋合ではないから、初日不算入の原則が適用されてしかるべきである。

したがつて、一四日間の計算は昭和五三年一二月二日が起算日であり、同月一五日の満了をもつて一四日間となる。労働基準法第二一条但書にいう一四日を超えるというのは、同月一六日に至つた場合にはじめて妥当する。しかるに原告は、同月一五日に戸上と話をしたのみで帰つているが、この日が被告に使用されたと解釈しても、一四日を超える場合に該らない。

(四) よつて右記いづれの場合でも、被告に解雇予告手当の支払義務はなく、原告の請求は失当である。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1  「積極否認第1項」の主文は否認する。

原告は被告から解雇予告手当を支給されることなく即時解雇されたものである。

(一) 同第(一)項のうち、原告が昭和五三年一二月一日被告会社に就労したことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

原告は、被告会社の就業時間中無断で外出したことはなく、仕事を命じられたとき返事をしなかつたことが一、二度あるかも知れないが、それは被告会社社長の部下に対する呼び方が「おい、お前」など非常識で不愉快に感じていたからである。又一度も戸上から説得されたことはないし、説得されるほど不真面目な勤務状態でいたことはない。

(二) 同第(二)項の事実については否認する。

昭和五三年一二月一五日定刻前出勤後、午前一〇時ころ、被告側戸上の呼出しに応じて話合い中、戸上が原告に協調性がないと発言したことに原告が怒つて反論した後、「では結局辞めてくれということですか。」と問うと直ぐに戸上はうなづいたので、原告はさらに「ではいつまでですか。」と問うと、「二〇日までだ。」という戸上の返答であつた。原告はこのことからすでに被告は原告を解雇する意思を表明したものと認め、残り五日間居ても仕事が全くない状態であつたので、原告は「では今日やめましよう。」といつたのである。

(三) 同第(三)項のうち、原告は被告に対し、就労した半月分の給料六万五、〇〇〇円と通勤定期代三、五〇〇円合計六万八、五〇〇円の支払いとその送金を要求したところ被告はこれを認め、同月末に原告方へ右金額を送金してきたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、昭和五三年一一月二八日付の求人雑紙の被告会社正社員募集広告を見て応募、翌二九日被告会社に行き面接で即日採用決定したもので、その際月額手取金一三万円という約束のあつたことは認めるが、試用期間二ケ月、給料は日給月給(休業日を除き、就業した日数で一ケ月の給料を算出する)とするといつた具体的提示や就業規則などの提示もなかつた。そして約定どおり一二月一日から正式に定刻前に出勤したのであり、同月一五日も就業後午前一〇時ころ戸上から解雇を通告されたので、原告は戸上に「帰つてもよいか」と問うと戸上が承諾したので帰つたのであつて、就業もせず勝手に退社したものではない。

(四) 同第(四)項のうち、給料一ケ月分支給してほしいとの電話をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  抗弁に対する認否

抗弁第(一)項ないし第(三)項の各仮定抗弁及び第(四)項は争う。

五  原告の主張

1  前述のとおり、原告が被告会社の社員募集に応募して即日採用決定したのは昭和五三年一一月二九日であつて、約束に従つて同年一二月一日定刻に被告会社に出勤就業したのであるから、勤務日数について民法第一四〇条の初日不算入の原則を適用するのは該らない。

2  又、同年一二月一五日についても、前述のとおり、原告は定刻の午前九時五分前に出社就業しており、戸上の呼出しに応じてロビーに話合いに行つたのは同日午前一〇時ころである。そして原告は右戸上から黙示的に解雇を告げられ、戸山の承諾を得て退社したのであるから、右同日は就労したことになる。

3  よつて、原告が被告会社に雇用された期間日数は一五日間であるが、その間休日が二度あり、実働日数は一三日となる。しかしながら社会通念上も労働基準法解釈上も、期間の計算は実働日数のみならず、休日も含む暦によるとされている。したがつて、原告の雇用日数は休日二日も含め一五日間ということになる。

4  よつて原告の就業日数は一四日間を超えることになり、原告が被告に解雇されたものとしても、就業日数は一四日を超えないから解雇予告手当の支払義務はないとする被告の各仮定抗弁はいづれも失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告は、昭和五三年一二月一日 被告に給料一ケ月の基本給一三万円の約定で雇用され、版下製作業務に従事してきたものであるが、同月一五日、原告は一たん定刻に出勤就業後、被告側の戸上と話合いの結果、任意か解雇かの点を除き、退職することになり、同日被告会社を退社したが、同月末ころ、被告から約束どおり半月分の給料金六万五、〇〇〇円と通勤定期代金三、五〇〇円を送金受領したことは当事者間に争いがない。

二  被告の積極否認について

1  原、被告間の雇用契約の終了原因について、原告は被告が昭和五三年一二月一五日解雇の意思表示を黙示的にしたと主張するのに対し、被告はこれを否認し、原告は解雇通告を受けたわけではないのに自ら辞める旨申し出で、当日は就労しないまま退社したものであると主張するので、任意退職か解雇か一五日は就業したことになるか否かについて判断する。

成立について争いのない甲第一ないし第四号証及び乙第一号証並びに証人戸上貞の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、原告は昭和五三年一二月一五日午前九時前に出社、就業していたところ(もつとも当時仕事が暇のため作業中破れた上着のつくろいをしていた)、被告会社営業部長戸上から「あとで来てくれ」といわれ、つくろいを終つて、戸上と一緒に階下のロビーに行つたのが午前一〇時ころで、両者話合いの結果辞めることになり、戸上の承諾を得て退社(戸上の供述によれば午前九時半ころというが明確でない)したのであるから、一五日は就業したものとみなすのが相当というべく、証人戸上貞の証言中右認定に反する部分は措信できない。

次に原告と戸上がロビーで話合いの際、戸上は被告会社伊東社長の意を受けて原告の勤務態度が悪い点を指摘とくに「協調性がない」といつたところ原告が怒り、「協調性のないのは会社の方だ」と反論、その場合の雰囲気から察し、原告が「結局辞めろということですか」と問うたところ、言葉はなかつたが戸上がうなずいたので、「いつまでですか」と更に聞いたところ、「二〇日までいてよい」ということであつた。そこで原告は以上の経緯から被告が原告を解雇すると受けとれる意思表示を表明したものと認め、当時会社では仕事がない状態であつたので、二〇日まであと五日しかなく、辞めろという状態の中で出勤をしても不愉快なので、原告から「じや今日辞めます」といつて、半月分の給料と交通費の支給送金(合計金六万八、五〇〇円)の約束もとりつけ、「帰つていい」との戸上の承諾を得て退社したことを認めることができるものというべく、証人戸上貞の証言は右と正面から対立するが、その部分は採用しえないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、原告の被告会社における勤務状態について、原告本人も自認するように社長の言動に反感を抱き、呼んでも返事をしないことがあつたようであるが、証人戸上貞の証言にもあるとおり、常に定刻に出勤退社しており、就業中に無断で外出したこともないことが認められる。右の認定に反する被告の主張中には虚偽が窺われるものがある。

以上の事実に照らせば、被告は原告に対し結果において一二月一五日解雇の意思表示をしたことに帰し、原告はこれを即時解雇として承認(当日は就業したので、労務の不提供は翌日から)したものと認むべきである。なお、右解雇に際し被告が原告に対し解雇予告手当を支払わなかつたことは、被告において争わないところである。

三  被告の抗弁について

1  仮定抗弁(一)において被告は、原告は試用期間中でありその実働日数は休業日(休日の意と解する)を除けば一二日間であるから、労働基準法第二一条但書にいう一四日間を超えて引き続き使用されたという要件に該らないと主張する。

成立に争いのない甲第二号証、証人戸上貞の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告の主張する原告の雇用条件のうち、日給月給(休業日を除き、就業した日数で一ケ月の給料を算出する)は認めがたい(甲第二号証や原告本人の供述によれば認めがたく、これに反する証人戸上貞の証言のみでは採用できない)が、試用期間中である点は新規採用直後であるから推認できよう。

前記第二項において認定したとおり、原告の雇用期間日数は一五日間であり、その間に休日が二度あり、実働日数は一三日になるが、社会通念上も労働基準法解釈上も、雇用期間日数は、労働日のみならず休日も含む暦によると解するのが相当である。したがつて労働基準法第二一条但書にいう一四日を超えて引続き使用されたという要件に該当すると解され、この要件に該らないという被告の抗弁は失当である。

2  同抗弁(二)において被告は、仮りに休業日も使用された日数に算入されるとしても、原告は一二月一五日は戸上と話をしただけで全く仕事をしていないまま帰宅したのであるから、同日は実質上算入できないことになり、一四日を超えて引続き使用されたことにはならないと主張する。

前記第二項1において認定したとおり、一二月一五日は原告が就業したものとみなすのが相当というべきであるから、この点に関する被告の抗弁も失当である。

3  同抗弁(三)について

成立に争いのない甲第二号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、昭和五三年一一月二八日の求人雑紙の被告会社社員募集広告を見て、翌二九日面接に行き被告会社に即決採用決定したので、約束に従つて一二月一日から定刻に出勤することになつたのである。したがつて原告は一二月一日に被告会社に出頭面接して即日採用になり、同日就業したのではない。原告は同日完全就業したことになるわけであるから、原告の就業状況の場合民法第一四〇条の初日不算入の原則は適用されないと解するのが相当である。

したがつて、その余の点を論ずるまでもなく、被告の本抗弁は妥当でない。

四  以上認定した事実によれば、被告は昭和五三年一二月一五日、被告に対して予告なくして解雇の意思表示をしたことになり、原告は同日これを承認して辞職の意を表し、被告もこれを認め、使用者である被告は結果において即時解雇の状態を実現したことになり、原告の雇用期間は一四日間を超えることになる。したがつて被告は、右の状態のもとに雇用契約が終了した時点において、原告に対し解雇予告手当として労働基準法第二〇条一項に基づく一ケ月の平均給与である金一三万円の支払義務がある。

右に反する被告の積極否認や各抗弁の主張はいづれも失当であり採用できない。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 重光武徳)

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